某先生からフォーレのレクイエムのCDをお借りしダビングしたのを聴いています。
指揮者は
アルミン・ジョルダン(指揮者フィリップ・ジョルダンは息子)、オーケストラはスイス・ロマンド管弦楽団のです。
レクイエムはレクイエス⇒安らぎ
レクイエムの由来は死者のための通称
死者の為のミサが出来ました。
アマゾンで貸して戴いたのと、同じCDはないかと検索しているのですが。。。。
フォーレ:レクイエム / コルボ
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これはフォーレのレクイエムの他に、フランクの交響曲も録音がされています。この組み合わせ、なかなか素敵です。





お知り合いからのお勧めCDなどを載せてみました。






フォーレの作品51の2名作歌曲「
憂鬱(スプリーン)」「墓地にて」というのがあります。
フォーレの時代のフランスの詩人ジャン・リシュパンが書いた「墓地にて」には2つの対照的ながら、典型的な死者の姿がそこに描かれているのだそうです。
この歌曲をフォーレが作曲したとき、ちょうどレクイエムも作曲していたときと1888年頃で時期が重なっているようです。
フォーレは長い年月をかけてレクイエムを完成させているようですが、やはり両親を相次いで失っているという死への印象がこの曲のあり方ではないかと曲を聴いていて思います。
「怒りの日」の情景が描かれていないというのは、最大の特徴です。心から天国で安らかにいて欲しいとの願いからではなかったかと私は想像しています。
実際、モーツァルトが亡くなった年ぐらいからヨーロッパの死生観が大きくかわっていったそうです。
現在は訪れればわかりますが、ヨーロッパでは公園墓地となりその美しい情景は天国での楽園を想像させます。
『墓地にて』(訳 栗津則雄より)
(フランス人詩人ジャン・リュシュバンの書いた詩で美しい公園墓地に埋葬されたひとりの青年の死と、そしてそれを悼む親しい人達の行為や思いを歌っている。)
野の鳥のように
ここで眠るしあわせな人!
その亡骸は友らに近く
草と歌とのなかに置かれている。
輝く空のしたで
彼は眠る、心地よい朱色の眠りを。
彼の知り合いはみなやってきて、長い別れを告げる。
涙にくれた両親は、彼の十字架のもとに
いつまでもひざまづき、彼の骨は、花のしたで、
人々の優しい涙に濡れる。
この黒ずんだ木の上に、誰でも、
見てとることが出来る、彼が若かったかどうかを、
そして、心からの哀惜の思いをもって、
彼の名を呼ぶことが出来る。
(このあと急転して別の状況に置かれた死者のことを歌います)
これに比べれば何と不幸だろう、
海で命を失い、愛ある国から遠く離れて、深い波のしたに没し去る人々は!
ああ、あわれな人々、
その身にまとう屍衣(しい)は、緑色の海草ばかり、
その中を、知る人もなく、素はだかで
眼を見開いたまま転がっていく。
(そして、又最後に冒頭の幸せな若者の死を歌う2節が繰り返される)