クラシック音楽一夜漬け

「バッハは小川der Bachではなく、海das Meerだ!」とベートーベンは彼を尊敬して言ったそうです。 生命の始源としての水を湛える海。 訪れた人の心を癒すような音楽を湛えた「海」にしたいです。
Admin

日本モーツァルト研究所設立10周年特別企画 

ウィーン古典派の三巨星 
−ピアノ三重奏で聴く−

The three glittering stars in the firmament of Viennese Classic Era
Piano trios by Haydn, Mozart and Beethoven

演奏 
ピアノ:小川 京子
フルート:一戸 敦
クラリネット:四戸 世紀
ヴァイオリン:堀 正文
ヴィオラ:佐々木 亮
チェロ: 藤森 亮一
プレ・トーク 海老澤 敏

曲目
ハイドン(1732−1809)
 《ピアノ三重奏曲 ニ長調》 HobXV-16

モーツァルト(1756-1791)
《ピアノ三重奏曲 へホ長調 「ケーゲルシュタット」》k.498

ベートーヴェン(1770-1827)
ピアノ三重奏曲 変ロ長調 「大公」》 Op97


日時・場所
2009年10月15日 (木)19:00開演(開場18:30)
HAKUJU HALL 全席自由席4500円

チケットぴあ 0570029999(Pコード 331-628)

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[ 2009/09/09 13:58 ] モーツァルトなお話 | TB(0) | CM(0)

モーツァルト講座2009年後期お知らせ 

◇◇モーツァルト講座◇◇2009年後期
モーツァルトの音楽と手紙などの資料で時代を読み解く(そのニ :ヴィーン時代)
1  10月1日 ミュンヘンの<イドメネーオ>ー究極のオペラ・セリア創造
2  10月8日 神聖ローマ帝国の首都へ −主従対決の帰趨(きすう)ー
3  10月22日 啓蒙君主の苦悩 −ヨーゼフ2世の改革
4  10月29日 二つのクラヴィーア様式 −クレメンティとの共演再考ー
5  11月19日 ヴィーンコンサートライフを再現する −公開演奏会の主役としてー
6  11月26日 ザルツブルグ帰郷 −もう一つの訣別ー
7  12月3日 フルーメイスン・モーツァルト再検討 近年のメイスン結社解釈
8  12月10日 二つのオペラ改革 −<後宮>と<フィガロ>の重要性再確認
9  12月17日 ウィーンの教会音楽家モーツァルト 新発見<ナント草稿>を中心に
10 1月14日 <三大交響曲>の時 −古典派交響曲の勝利
11 1月21日 ヴィーン期の旅人モーツァルト −旅は手紙とともに
12 1月28日 <レクイエム>の現在 −未完と完成の狭間ー

日時変更もありますので、注意が必要です。
【コース】音楽供 敖螳】300名 【受講料】会員 7,000円  聴講生 10,000円
場所 新百合21ビル多目的ホール
時間 毎回10時40分から12時10分
講師 日本モーツァルト研究所所長 海老沢敏先生
<申込み・問い合わせ先>  
かわさき市民アカデミー  事業推進室
http://www.kpal.or.jp/2zigyou/21academy/index.html

〒211-0064 川崎市中原区今井南町514−1 川崎市生涯学習プラザ 
TEL 044−733-6626 FAX 044−733-6697
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[ 2009/08/16 13:07 ] モーツァルトなお話 | TB(0) | CM(0)

モーツァルト講座1 

1回 4/9 (木)
    父レーオポルトの出自――フッガーの町の親方の家柄から宮廷音楽


といっても、パパモーツァルト、レオポルトの方のお話です。
モーツァルトパパ教則本




パパ・モーツァルトは作曲もしましたが、一番大きな仕事は息子を偉大な作曲家に育て上げた事以外に
基本的ヴァイオリン教程試論」を書いた事があげられます。世界初のバイオリン教則本であるのみならず現代でも充分通用すると専門家筋では評価は高い著作で、フランス語、ドイツ語、ロシア語などにも当時は翻訳されていたようです。
レオポルトモーツァルトの知らないところで、無断で翻訳され販売されていたようで、のち、息子モーツァルトが本屋で(パパ)レオポルト・モーツァルトの本を発見したと父に手紙しています。
日本語版では現在廃刊になっていますが、あります。先生は所有されており見せて頂きました。

写真の本はモーツァルトが産まれる直前1756年の第一刊です。貴重な本物の書籍です。

先生が競り落とした本物の表紙は痛みがあったもののしっかりした厚みのある本でした。
先生に許可して戴き写真を撮りました。^^
シミがあるものの、全く問題がありません。大切そうに先生がわざわざ持ってきてくださいました。
本物を写真に撮りました。

表紙の自分自身の肖像についても手紙に書いています。
レオポルトモーツァルトよりアウクスブルクノヨハンヤーコブロッターに
ザルツブルグ、1756年3月14日
「親しい友よ!
・・・・ここに私の肖像画があります。あるいは少なくともそうであるはずです。描いた人は普段は立派な肖像画家ですし、それに又上手い歴史画家です。ただ彼はいつでも頭を大きく、また概して姿かたちを大きく作る癖があります。ほとんど誰でも私にまったくそっくりだと言います。でも又みんなが言うには、いくらか太りすぎで、又老け過ぎた形で描かれているとのことです。これは描き方によるものです。私がヴァイオリンをもっている側が、顎が厚すぎ、顔の陰でいくらかふくれているように見えます。すべてが太りすぎなのです。サイズが大きいのでびっくりされることでしょう。ただ彼がそう望んだので、もっと小さくできなかったのです。これについて、率直なご意見をお寄せください。というのはこの大きなサイズでは折り返さなければならないからです。このことがなくても、勿論描き直さねばならぬでしょう。そうでないと、ヴァイオリンが右手に、弓が左手にきてしまうのです。おまけに、両手は確かに良く描けていますが、それでも大変頑丈にみえ、この肖像画はかなり大きな人物にあるように思わせます。」
以上 海老澤敏著者「モーツァルト書簡集より」

モーツァルトの家系は卑しい出身などと間違った説を唱える人がいますが、、実は全く違うようです。
芸術的素養のいる、建築家、彫刻家、製本装丁家であり、しかもマイスター的(親方)存在であったという事実があるようです。。

もう少し詳細に調べてみます。今日はここまで・・

・聖ヨアキム像はフランツ・モーツァルト作
・ノイキルヒェン修道院教会祭壇や聖アンナ像は フランツモーツァルト作(彫刻)
・ディリンゲンにあるダーフィト・モーツァルト建造の建物
・ヨハン・モーツァルトは製本のマイスター
・ハンスゲオルク・モーツァルトはアンハウゼン教区教会、ヒルブリンゲン教区教会など大聖堂の建築に携わっていた。

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[ 2009/04/11 20:31 ] モーツァルトなお話 | TB(0) | CM(0)

2009年度前期モーツァルト講座のお知らせ 

◇◇モーツァルト講座のお知らせ◇◇
モーツァルト研究で世界的に有名な海老澤敏先生による「モーツァルト講座」が小田急線新百合ヶ丘で開催されます。渡される資料はすべて海老澤敏先生手作りとなっています。
海老澤敏



モーツァルトには名曲が数多いです。海老澤先生にはすべての作品が名曲であると。。。しかし、その夥(おびただ)しい名曲の中から敢えて新たに選りすぐって名曲の名曲たる所以を探り、その秘密に迫ります。
概 要

海老澤敏の新モーツァルト
【コース】音楽供   攣間】 毎回10時40分〜12時10分(計12回)
<概要>モーツァルトの生涯と音楽は類い稀れな奇蹟であり、音楽芸術、いや人類史の範例的現象であった。またそればかりでなく近代史、そして18 世紀後半の激動の時代を映し出す鏡ともいえるものである。あまりにも豊富な彼の作品とそして数々の手紙を基に貴重な原資料の紹介やCD、DVDの使用によって西洋史の転回期の実像に迫りたい。 
回 月/日(曜) 会 場"新百合21ビル多目的ホール 講師名(海老澤敏)
            学 習 内 容
1 4/9 (木)
    父レーオポルトの出自――フッガーの町の親方の家柄から宮廷音楽家への道

2 4/16 (木)
    カトリック大司教の町に生まれて――世界三大美麗都市ザルツブルクを紹介する

3 5/14 (木)
    <神の尊い贈り物>(才能)と父親の薫陶と自努力と――天才教育の始まり――

4 5/21 (木)
    マリーア・テレジアの膝の上で――マリー・アントワネット伝説を解く――

5 5/28 (木)
    西方への大旅行を辿る――度重なる宮廷伺候と神童の栄光

6 6/4 (木)
    少年オペラ作家の奇蹟――ティーンエイジャーの巨匠の表現世界――

7 6/11 (木)
    死の危険に晒されて――モーツァルトと疾病のロンド――

8 6/18 (木)
    音楽のふるさとイタリアへ三たび――オペラ作家としての修業と度重なる栄誉――

9 6/25 (木)
    新大司教の下で宮廷音楽家として――新旧の主君を比較する――

10 7/2 (木)
    信仰と娯楽と――小都市ザルツブルクの音楽生活の中で――

11 7/23 (木)
    新しい活動の場を求めて旅立つ――マンハイム・パリ旅行(その1)――

12 7/30 (木)
    新しい活動の場を求めて旅立つ――マンハイム・パリ旅行(その2)――

※参考テキスト『図解雑学』(ナツメ社) 編者:海老澤敏 1,500円(税抜き) 参考テキストが必要な方は各自お買い求め下さい。
 
【コース】音楽供 敖螳】300名 【受講料】会員 7,000円  聴講生 10,000円
場所 新百合21ビル多目的ホール
時間 毎回10時40分から12時10分
講師 日本モーツァルト研究所所長 海老澤敏先生
<申込み・問い合わせ先>  
かわさき市民アカデミー  事業推進室
http://www.kpal.or.jp/2zigyou/21academy/index.html

〒211-0064 川崎市中原区今井南町514−1 川崎市生涯学習プラザ 
TEL 044−733-6626 FAX 044−733-6697

申し込みには制限がありますので、お問い合わせの上お早めに!!
尚、関係者ではありませんので詳細は知りけれど。

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[ 2009/02/21 10:39 ] モーツァルトなお話 | TB(0) | CM(0)

海老澤敏先生と行くモーツァルト音楽紀行〜西方への旅〜 

海老澤敏先生と行くモーツァルト音楽紀行
  〜西方への旅〜


★ 旅行期間 2009年3月2日(月)〜3月10日(火)九日間 <添乗員同行>
★ 訪問都市 ヴィーン、アムステルダム、ハールレムデン・ハーグアントウェルペン、ブリュッセル、パリ
★ 旅行代金 548000円 一人部屋希望はプラス79000円
★ 募集定員25名  定員になり次第締め切り お早めに
★ 申込締切 2009年1月28日水曜日
★ モーツァルト研究の世界的第一人者で文化功労者の海老澤敏先生が同行し、解説戴けます。
★ 特にバス旅行中は、車中にて先生の楽しい講義とCDの演奏を聴けます。
★ モーツァルト史跡が今も多く残る「音楽の都」ヴィーンと幼少期に父レオポルトに連れられ旅したオランダ、ベルギー、フランスを訪れ、その足跡を訪ねます。
★ 今回の旅行中では,モーツァルトの代表的なオペラ作品「『コジ・ファン・トゥッテ』(伊:Così fan tutte)K.588」イドメネオ」をアムステルダム、パリで鑑賞できます。
申込方法:参加申し込み書に必要事項を記入の家、下記担当まで郵送にて送付 
〒105-8322 東京都港区東新橋1−9−3 日通本社ビル18F
   日通旅行 営業8課 小室・窪田 宛(筺0362516358 fax:0362516368)



◎朝日カルチャーセンター ツアー事前講義 
「モーツァルト・パリへの道をたどる旅」

日時:2009年1月17日土曜日 18:00~19:30
講師:海老澤敏先生
受講料:3570円
申込:筺03−3344−2041 朝日カルチャーセンター事業部まで

海老澤敏モーツァルト



[ 2008/12/22 11:50 ] モーツァルトなお話 | TB(0) | CM(0)

モーツァルトの教会音楽は素晴らしい〜♪ 

11/27 (木) 聖母マリアとキリストに寄せる祈りー《マリア讃歌》と《アヴェ・ヴェルム》―

モーツァルトは信仰があまりなく、気楽にビリヤードに行く感覚で教会に行っていた。などとあまり教会音楽を重きにおかないと書いている研究家の意見があるようですが、それは全くおかしいことです。

モーツァルトの父親は信仰心があつく、その影響から多くの宗教音楽を書いています。

相良憲昭訳 カルル・ド・ニ著「モーツァルトの宗教音楽 (文庫クセジュ)」白水社はモーツァルトの教会音楽について書かれた良い本だそうです。



その他資料としては海老沢敏著「超越の響き―モーツァルトの作品世界」。


聴いた曲
K.109(74e)元后、童貞聖マリアのためのリタニア 変ロ長調
楽器の編成が小さいので大聖堂の為に書かれたのではないだろうと言われています。
作曲時期1771年6月 69年ぐらいからイタリア旅行をしていますので、その合間に作曲しただろうと言われています。自筆譜はベルリン国立図書館所蔵

k.195(186b) 聖母マリアのためのリタニア ニ長調
編成が大きい為大聖堂の為に書かれただろうと言われています。
作曲年代1774年5月以降 自筆譜はベルリン国立図書館所蔵 作曲地ザルツブルグ
youtubeで聴いてみよう。こちら



k.277(272b) 聖母マリアのためのオッフェルトリウム
作曲年代1777年夏あるいは秋、おそらくイタリア旅行が終わってから作曲したのだろうと言われていますが、自筆譜不明。
youtubeで聴いてみよう。こちら



k.273 聖母マリアの祝日のためのグラドゥアーレ へ長調(サンクタ・マリア・マーテル・デイSancta Maria Mater Dei)
作曲年代1777年9月9日 作曲地ザルツブルグ 自筆譜ベルリン国立図書館
9月12日のマリア聖名祝日の為に書かれたと言われています。マンハイム・パリへの旅立ちに先立ちその無事と成功を祈願して作曲されたとされています。





k.618 モテット:アヴェ・ヴェルム・コルプス 二長調
作曲年代1791年6月17日 自筆譜ウィーン国立図書館所蔵(講義でファクシミリコピーを見ましたが、書きなおしなく綺麗な楽譜でした。) 作曲地バーデン 
妻の療養地バーデンでお世話になった合唱指揮者、教師のアントーン・シュトルに贈呈。シュトルはハイドンの妻(ヒステリー症)の面倒もみたのだそうです。後にモーツァルトの弟子ジュスマイヤーは1792年に同じような「アヴェ・ヴェルム」を贈呈しています。


ザルツブルグには聖セバスティアン教会があります。 1512年完成したバロック様式のこの教会の墓地にはモーツァルトの父レオポルト(1787没)、妻コンスタンツェ(1842没)彼女の二番目の夫、 スウェーデン人のゲオルク・ニコラウス・フォン・ニッセン(1826没) その他モーツァルト家ゆかりの人達の墓があります。


アヴェ・ヴェルム・コルプスはモーツァルトが作曲した教会音楽の中でもとても有名で聴き比べしましたが、あまりにも違い驚きでした。
素晴らしかったのは勿論、バーシュタイン指揮亡くなられる頃(1990年)の指揮です。
これは保存版というかDVDで欲しいほどの名演だと思います。


というわけで、色々youtubeで調べたらありました。^^

こちらのモーツァルトのHPが素敵なので紹介

[ 2008/11/28 17:30 ] モーツァルトなお話 | TB(0) | CM(0)

”モーツァルトの風景”DVD購入しました 

話題になっていた”モーツァルトの風景”DVD購入しました。
モーツァルトの風景
届いたので早速視聴しました。
モーツァルトの導入としてはとても良いかもしれません。
解説書もついているのもなかなか良いです。
演奏家もなかなか良いと思います。指揮者はベームが多く起用されています。
高橋英郎も解説書に文章を載せていらっしゃいます。
じっくり映像と音楽を楽しもうと思います。

DVD名曲紀行も購入しました。

クラシック名曲紀行 全12巻(DVD)
これは、往年の有名な指揮者の演奏が聴けました。こちらもなかなか素敵でした。ゆっくり楽しめそうです。

[ 2008/10/26 09:45 ] モーツァルトなお話 | TB(0) | CM(0)

モーツァルト ”すみれ” 

10/16 (木) 《すみれ》 ―古典派歌曲の真髄―

モーツァルト講座を受講してきました。
参考資料を元に転載を含めて復習しました。


Das Veilchen
Johann Wolfgang von Goethe

 Ein Veilchen auf der Wiese stand,
 Gebückt in sich und unbekannt;
 Es war ein herzig's Veilchen.
 Da kam eine' junge Schäferin,
 Mit leichtem Schritt und munterm Sinn,
 Daher, daher,
 Die Wiese her, und sang.
 
 Ach! denkt das Veilchen, wär' ich nur
 Die schönste Blume der Natur,
 Ach! nur ein kleines Weilchen,
 Bis mich das Liebchen abgepflückt,
 Und an dem Busen matt gedrückt,
 Ach! nur, ach nur!
 Ein Viertelstündchen lang.
 
 Ach! aber ach! das Mädchen kam
 Und nicht in Acht das Veilchen nahm,
 Ertrat das arme Veilchen:
 Es sank und starb und freut' sich noch:
 Und sterb' ich denn, so sterb' ich doch
 Durch sie, durch sie,
 Zu ihren Füßen doch.
 
 Das arme Veilchen!
 Es war ein! herzig's Veilchen!(最後の2行はモーツァルト自身が書き加えている)


(すみれ・・・謙虚な青年をさしている)

すみれがひとつ牧場に咲いていた
身をかがめ、人知れず、
それは愛らしいすみれだった。
そこへ若い羊飼いの娘がやってきた
足取りも軽く、気持も朗らかに、
こちらへこちらへと、
牧場をこちらへと。そして歌った。

”ああ!”とすみれは思う、もしも自分が、
自然の中で一番きれいな花だったら、
ああ、ほんのしばらくのあいだでも、
愛らしい人が私を摘み取って、
胸にそっと押し当ててくれるだろうに・
ああ、ほんの、ああ、ほんの
四半時のあいだでも!

ああ、でも、ああ!
乙女はやってきて、すみれに気がつかずに、
可哀そうなすみれを踏んでしまった。
すみでは倒れ伏し、死んだが、それでもまだ喜んでいた。
私が死んでも、それは
あのひとのせい、あのひとのせいで、
あの人の足許で死ぬんだもの!

可哀そうなすみれよ!
それは本当にかわいらしいすみれだった


歌手それぞれで歌い方が違うので注意しながらこの歌曲を聴くと一層面白い。
1877年旧全集版と1963年新全集版では装飾音の扱いが違い楽譜も違う。
新全集版はパパモーツァルトの提唱していた装飾音扱いを尊重した楽譜である。装飾音はアクセントをつけて歌うべきであるという説である。
歌手らはそれぞれ装飾音に注意をしてうたっているのが特徴。
又ピアノフォルテを使用して当時を再現しようとしているCDもある。

このゲーテの詩で作曲している作曲家は多くいる。
ゲーテ自身はモーツァルトの大ファンで曲をつけた事をとても喜んだ。
彼はモーツァルトが作曲した「魔笛」の続編を書いているほど。

"Ein Veilchen auf der Wiese stand" モーツァルト
・作曲地 ウィーン
・作曲時期 1785年6月8日
・自筆譜 ロンドン 大英博物館 (所蔵委託、シュテファン・ツヴァイク・コレクション )
・解説 自筆譜は、横長12段の5線紙2葉から成り(用いられている2ページのみ)
冒頭に(すみれ、ゲーテによるDas Veilhen ,vom Goethe ,)と記されている。
書体はよどみなく美しいものであるが、インクの状態から判断すれば、モーツァルトはまず26小節まで(第1小節)を書き、次に残りの部分を歌声部、クラヴィーアの順に書いたらしい。
詩は1773年か1774年初めに作られ、1775年3月、ゲーテ初のジングシュピール(エルヴィーンとエルミーレ)の一部として出版された。しかし、モーツァルトがいかなる版でそれを知ったか、又作曲したかについては定説がない。なお自筆譜の第二、第四小節その他に現れる長い前打音が、初版では短い前打音に訂正されており、P・ネットゥルはこれを、モーツァルトの意識的な変更であろうとしている。

≪すみれ≫の作曲家たち 抜粋
1.1774年ヨハン・アンドレ 
Johann Andre(1741-1796) ト長調 4分の3 試聴 有節歌曲 民謡風 7年間に21回

2.1776年 アンナ・アマーリエ
Herzogin Anna Amalia (1739-1807) 歌は有節m伴奏が変化 ト長調 八分の六 通作   フルート、オーボエ、ファゴット、ホルン、弦  アンドレの作品がウィーンの人達の気に入らなかったためゲーテはアリアを追加して二幕とする。 アンナ・アマーリエはゲーテの恋人だったのでは?と言われているらしい。

3.1777年 フィリップ・クリストフ・カイザー
Phillipp Christoph kayser(1755-1823)
ゲーテとは友人。 民謡風、ト長調 二分の二 

4.1778年 アントン・シュヴァイツァー
Anton Schweitzer(1735-1787) 変ホ長調 四分の三 四分の二

5.1778年 ヨーゼフ・アントン・シュテファン
Joseph Anton Steffan(1726-1797)
ト長調 四分の二
ウィーンでゲーテの詩に作曲した最初の人物。おそらくモーツァルトはこの曲を聴いてゲーテの詩を知ったのではないかと言われている。ウィーンの歌曲楽派の代表者。
試聴オーストリア的暖かさ
鍵盤楽器の教師として、マリー・アントワネットを教えている。

6.1779年 ジークムント・フライヘル・フォン・ゼッケンドルフ
Sigmund Freiherr von Seckendorff(1744-1785)
ゲーテと友人 ヘ長調 八分の三 ロマンツェ

7.1783年 ヨハン・フリードリッヒ・ライヒャルト
Johann Friedrich Reichardt(1752-1814)
1809年出版 変ロ長調 四分の二 

8.1785年 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
Wolfgang Amadeus Mozart(1756-1791)
ト長調 四分の二 1785・6・8・wien 通作

9.1786年 フレデリク・ルートヴィヒ・エメリウス・クンツェン
Frederik Ludwig Aemelius Kunzen(1761-1817)
変ロ長調 八分の六 Keil

10.1807年 フリードリヒ・ハイリヒ・ヒンメル
Friedrich Heinrich Himmel (1765-1814)
ハ長調 四分の四 op.21 Basel
ベルリンの宮廷楽長を長いこと務めた音楽家で、当時は大変な人気を誇っていた。「ヴァスコ・ダ・ガマ」などのオペラをはじめ、声楽作品に長じ、優雅で感傷的な歌曲は人々に大受けしていた。
ベートーベンと音楽対決した話も残されているらしい。


ヨハンアンドレ『ヨハン・アンドレ』

アンナマリアナ『アンナ・アマーリエ』

フィリップ・クリストフ・カイザー『フィリップ・クリストフ・カイザー』
ジークムント・フライヘル・フォン・ゼッケンドルフ『ジークムント・フライヘル・フォン・ゼッケンドルフ』

ヨハン・フリードリッヒ・ライヒャルト『ヨハン・フリードリッヒ・ライヒャルト』

フレデリク・ルートヴィヒ・エメリウス・クンツェン『フレデリク・ルートヴィヒ・エメリウス・クンツェン』

フリードリヒ・ハイリヒ・ヒンメル『フリードリヒ・ハイリヒ・ヒンメル』


[ 2008/10/21 08:35 ] モーツァルトなお話 | TB(0) | CM(0)
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プロフィール

アモル

Author:アモル
クラシック音楽を楽に知りたい人に親しみやすい曲を紹介していこうと思います。

音楽大学ピアノ科卒、中高校講師後、
短大の講師になったところで交通事故にあい退職。

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