ベーゼンドルファー
『ヤマハ、オーストリアのピアノメーカー買収で合意
【ウィーン=桜庭薫】ヤマハが著名な高級ピアノメーカーであるオーストリアのベーゼンドルファーを買収することで27日合意した。複数の交渉関係者が日本経済新聞記者に明らかにした。買収額は推定で1500万ユーロ前後(約25億円)で、28日にベーゼンドルファー側がウィーンで発表する。ヤマハはグループのブランド力を高め、課題だった超高級市場の攻略に乗り出す。
ベーゼンドルファーは現在、米系ファンドのサーベラスの傘下にある。ヤマハはベーゼンドルファーの全株式を取得する方向で最終調整する。(07:00)]』日経新聞抜粋
大学生時代に試験はいつもベーゼンドルファーでした。
はっきり云って弾きにくかったです。軽々しく華やかに響かないところはプロ好みの音だと思います。試験用には最適だったのかもしれません。
現在のベーゼンドルファーがどんなタッチが味わえるのかは知りません。
ヤマハはどちらかといえば、スタインウェイよりの音の響きです。
ヤマハはおそらく、ベーゼンドルファーとは区別して製品作りするのではないかと思います。

ベーゼンドルファー 1706,426,000円

スタインウェイ&サンズ モデルS 6300000円
【ウィーン=桜庭薫】ヤマハが著名な高級ピアノメーカーであるオーストリアのベーゼンドルファーを買収することで27日合意した。複数の交渉関係者が日本経済新聞記者に明らかにした。買収額は推定で1500万ユーロ前後(約25億円)で、28日にベーゼンドルファー側がウィーンで発表する。ヤマハはグループのブランド力を高め、課題だった超高級市場の攻略に乗り出す。
ベーゼンドルファーは現在、米系ファンドのサーベラスの傘下にある。ヤマハはベーゼンドルファーの全株式を取得する方向で最終調整する。(07:00)]』日経新聞抜粋
大学生時代に試験はいつもベーゼンドルファーでした。
はっきり云って弾きにくかったです。軽々しく華やかに響かないところはプロ好みの音だと思います。試験用には最適だったのかもしれません。
現在のベーゼンドルファーがどんなタッチが味わえるのかは知りません。
ヤマハはどちらかといえば、スタインウェイよりの音の響きです。
ヤマハはおそらく、ベーゼンドルファーとは区別して製品作りするのではないかと思います。

ベーゼンドルファー 1706,426,000円

スタインウェイ&サンズ モデルS 6300000円
モーツァルトとクレメンティ
自分用のメモの為に書いておきます。
1781年12月22日
モーツァルトの父宛の手紙(ウィーン)の中でヨーゼフ2世の前でクレメンティーと共に演奏し、その時に50ドゥイカーテン(約50万円)もらった事が書かれています。
1782年1月12日
父宛の手紙
クレメンティは、右手の指運びに関する限り達者に演奏します。−彼の強味は3度のパッセージです。その他の点では、1クロイツァーの感情も趣味も持ち合わせていません。要するに機械的に弾くだけです。
上の手紙以外にもクレメンティーについて書いていますが、この文章で簡潔にクレメンティー評が書かれているといってよいそうです。
しかしながら、彼が酷評する時は逆にその作曲家、演奏家に才能があるといえるようです。
この競演の時にクレメンティーが演奏したのが、クレメンティー「変ロ長調ソナタ第2番」です。
ホロヴィッツ演奏のCDにこれが収められています。こちら

このクレメンティー「変ロ長調ソナタ第2番」主題と酷似しているのがモーツァルトのドイツ語オペラ「魔笛」(K.620)の序曲です。
おそらくモーツァルトはこのクレメンティーの曲の主題を覚えていたのだと思われます。
すでに、「魔笛」が作曲される2年前にクレメンティーソナタの楽譜は出版されている為モーツァルトが楽譜の存在を知っていた可能性はあると「クレメンティー生涯と音楽」の著者レオン・プランティンガも書いています。
クレメンティーはソナタの主題を先に書いているという事を自分自身の言葉で書いておきたかったのでしょう。イタリア語でop.24.no.2の冒頭に『このソナタは、このソナタに続く。このトッカータと共にヨーゼフ、モーツァルトの前で弾いた、モーツァルトが立ち会った』と余白に書かれています。
しかしながら、クレメンティーは弟子ルートヴィヒ・ベルガー(1777〜1839)《ベルガーはメンデルスゾーンにピアノを教えています。》にはモーツァルトへの好印象をずっと後で書いています。
『私はこの時までこれほどまでに、才知豊かで典雅な演奏をしたのを聴いた事がなかった。とりわけ私が驚いたのはアダージョであり、又皇帝が主題をお選びになった数々の変奏曲の即興であった。この主題を私達はお互いに伴奏し合いながら変奏しなげればならなかったのである・・・・』
そして、自分自身の演奏法の反省も書いています。これらの事は海老澤先生の書籍に書かれているはずです。
『モーツァルトとルソー 音楽的魂の響きあい』
『バッハ残像 北ドイツのモーツァルト』音楽之友社
モーツァルトとルソー 魅せられた魂の響奏
クレメンティーはモーツアルトへの敬愛を込めてピアノコンチェルトなども編曲するようになります。
しかしながら、モーツァルトのクレメンティーへの批判にはクレメンティーの弟子の一人である、ルーデヴィヒ・ベルガーが弁護しているそうです。
クレメンティー編曲
モーツァルト『交響曲第40番ト短調』k.550
クレメンティー編曲の室内楽曲のCDをみつけようと思っています。
1781年12月22日
モーツァルトの父宛の手紙(ウィーン)の中でヨーゼフ2世の前でクレメンティーと共に演奏し、その時に50ドゥイカーテン(約50万円)もらった事が書かれています。
1782年1月12日
父宛の手紙
クレメンティは、右手の指運びに関する限り達者に演奏します。−彼の強味は3度のパッセージです。その他の点では、1クロイツァーの感情も趣味も持ち合わせていません。要するに機械的に弾くだけです。
上の手紙以外にもクレメンティーについて書いていますが、この文章で簡潔にクレメンティー評が書かれているといってよいそうです。
しかしながら、彼が酷評する時は逆にその作曲家、演奏家に才能があるといえるようです。
この競演の時にクレメンティーが演奏したのが、クレメンティー「変ロ長調ソナタ第2番」です。
ホロヴィッツ演奏のCDにこれが収められています。こちら

このクレメンティー「変ロ長調ソナタ第2番」主題と酷似しているのがモーツァルトのドイツ語オペラ「魔笛」(K.620)の序曲です。
おそらくモーツァルトはこのクレメンティーの曲の主題を覚えていたのだと思われます。
すでに、「魔笛」が作曲される2年前にクレメンティーソナタの楽譜は出版されている為モーツァルトが楽譜の存在を知っていた可能性はあると「クレメンティー生涯と音楽」の著者レオン・プランティンガも書いています。
クレメンティーはソナタの主題を先に書いているという事を自分自身の言葉で書いておきたかったのでしょう。イタリア語でop.24.no.2の冒頭に『このソナタは、このソナタに続く。このトッカータと共にヨーゼフ、モーツァルトの前で弾いた、モーツァルトが立ち会った』と余白に書かれています。
しかしながら、クレメンティーは弟子ルートヴィヒ・ベルガー(1777〜1839)《ベルガーはメンデルスゾーンにピアノを教えています。》にはモーツァルトへの好印象をずっと後で書いています。
『私はこの時までこれほどまでに、才知豊かで典雅な演奏をしたのを聴いた事がなかった。とりわけ私が驚いたのはアダージョであり、又皇帝が主題をお選びになった数々の変奏曲の即興であった。この主題を私達はお互いに伴奏し合いながら変奏しなげればならなかったのである・・・・』
そして、自分自身の演奏法の反省も書いています。これらの事は海老澤先生の書籍に書かれているはずです。
『モーツァルトとルソー 音楽的魂の響きあい』
『バッハ残像 北ドイツのモーツァルト』音楽之友社
モーツァルトとルソー 魅せられた魂の響奏
クレメンティーはモーツアルトへの敬愛を込めてピアノコンチェルトなども編曲するようになります。
しかしながら、モーツァルトのクレメンティーへの批判にはクレメンティーの弟子の一人である、ルーデヴィヒ・ベルガーが弁護しているそうです。
クレメンティー編曲
モーツァルト『交響曲第40番ト短調』k.550
クレメンティー編曲の室内楽曲のCDをみつけようと思っています。













