『C.サン=サーンス -印象深い二つのモーツァルトコンサート- 』サン=サーンス(Charles Camille Saint-Saëns1835年10月9日 - 1921年12月16日)とモーツァルトの関係についてでした。
サンサーンスといえば「動物の謝肉祭」が有名で私も幼い頃から何度も繰り返し聞いた記憶のあるフランスの作曲家です。

今日は海老沢敏著『巨匠の肖像』のサンサーンスの項を基に講座が進められました。
巨匠の肖像サンサーンスはモーツァルトと同様神童タイプで、2歳でピアノを弾き、3歳で作曲をしたと言われています。また、10歳でバッハ、モーツァルト、ベートーヴェンの演奏会を開き、16歳ではじめての交響曲を書いています。
しかし、モーツァルトと違うのは長生きだったことです。
神童タイプとして
アリアーガ(Juan Crisostomo de Arriaga1806-26)スペイン作曲家がいます。
夭折の人であり、20歳目前の10日前で亡くなっています。モーツァルトの再来と言われパリ・コンセルヴァトワールに学んでいます。シンフォニー、
弦楽四重奏曲(視聴可能)、
声楽曲なども書いています。
そのようなお話をなさりながら本題に入りました。
このサンサーンスは日本では最近あまり音楽会で取り上げられる機会が少なくなりましたが、海外では音楽コンクールの課題曲として良く取り上げられます。
神童サンサーンスは10歳の時(1846年5月6日)に
ピアノのメーカーのプレイエルの作ったパリの楽堂サル・プレイエルで彼のコンサートが行われました。
<プログラム>
モーツァルト: ピアノコンチェルト変ロ長調k.450
ヘンデル:変奏曲とフーガ
カルクブレンナー(当時はポストベートーベンといわれるほどのピアニストでした)トッカータ
フンメル:ソナタ
バッハ:前奏曲とフーガ
ベートーベン: ピアノコンチェルトハ短調(第3番、作品37)
イタリア劇場のオーケストラが一緒に演奏したそうです。
このコンサートは熱狂的な賞賛を受けたのだそうです。フランス19世紀演奏史上でもとりわけ印象深い演奏会といわれています。
その当時はサンサーンスもすらりとしたショパンのような少年だったのだそうで、肖像画が残されています。
(現在で言えば、キーシンのような雰囲気だったのかしら?などと思いながら講義を聴いていました。
)
その50年後再びサンサーンスは記念演奏会を開きました。
モーツァルトの曲(ピアノコンチェルト変ロ長調k.450 )で始まり、
自作のピアノコンチェルト5番の初演をしました。
この曲は明らかに、モーツァルトの影響を受けたと思われるメロディスト(旋律重視の作風)です。
サンサーンス作曲 ピアノコンチェルト第5番は彼がエジプトに旅行した時に出来た曲でエキゾチックな雰囲気の漂う素敵な曲でした。
#ピアノ協奏曲第4番ハ短調作品44(1875)
# ピアノ協奏曲第5番ヘ長調作品103「エジプト風」(1896)
田中希代子/サン=サーンス:ピアノ協奏曲第4番&第5番
ロジェ/サン=サーンス:P協奏曲全集急いで書いているのでまとまりがありませんが、
まだ続けて書くつもりです。